2014年11月05日

和顔施・悲願施

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 タイでは王様と僧侶が尊敬される。素足で托鉢する僧侶に、敬虔な仏教徒は履物を脱いで座り、合掌する。



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 タイで托鉢僧にわずかな布施をすると、周囲にいる人たちがなんともいえない笑顔で私の方を見ている。自分たちが尊敬する僧侶にウォーキング中の日本人が布施をする。僧侶を中心に幸せな空気が広がる。

 先日、酒席で臨済宗南禅寺派のご住職にそんな話をしていると…、それは『和顔施(わがんせ)』だとお教えいただいた。

 布施はモノや財だけではない。心の布施がある。ビジネスも結局は人を幸せにするということ…、ここに社会的ビジョンの原点があることに気付かせてもらった。

 「和顔施」でタイの人と近づくことができた。これこそ仏教の力。



 今日、消費者庁から「下請取引の適正化についての通知」が届いた。著しく低い価格を一方的に設定する買いたたきや代金の減額など、親事業者の義務と禁止行為が記してある。

 私たち仏具店は、作り手である職人さんに圧力をかけ苦しめてはならない。当然のことである。しかし同様に買い手にも健全な消費者倫理のあり方を持ってもらいたいと思うときもある。

 伝統技術を伝承するには我々売り手だけではどうしょうもない状況に追い込まれている。買い手と作り手の協力が必要。

 度を越す値引きを強要することが不幸を生む。不幸せが連鎖する。これを「悲願施」と、私が勝手に言っている。

 経済とは「經世濟民(けいせいさいみん)」、世を經(おさ)め、民を濟(すく)う。

 自分さえよかったらいいという自己実現から全体の幸せを考える生き方へ価値観が変化している。東北の人々が教えてくれたこと。

 「悲願施」から「和顔施」へ…、

 商業の世界に、さらに仏教的な精神が浸透することを願う。



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